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台風一過
こんにちは、ささにしきです。


今日は台風一過。
もんのすごく暑いですなー!
台風も思ったほど強烈なやつじゃなかったようで、そんなのゴウゴウって感じではなかった様子。不謹慎ですがちょっと期待はずれでしたねw

スペースシャトルも無事に宇宙に飛び出したようですし。
万事OKですな!(何がってのはツッコミ不用



さてさて、明日(28日)は土用の丑の日ですね。
そう、この日に鰻(ウナギ)を食べることにより、スタミナを付けて、
夏の暑さを乗りきろう!といった、ウナギデーですね。

土用の丑の日というと夏のやつが有名ですが、
そもそも土用って言うのは立夏・立秋・立冬・立春の前の約18日間のことを言い、
「土用の丑の日」とは、土用の期間で日を表す十二支が丑である日のことです。
つまりは一年間で最低でも四回は「土用の丑の日」があるってわけですね。
ま、でも狭義には夏の土用(立秋までの約18日間)を指すようです。
また、俳句で「土用」と言えば夏の土用のことを指す夏の季語でもあるそうです。
ちなみに、土用入りの日が申から丑の間の場合は、丑の日が2回あることになります。


さてさて、ではどうして土用の丑の日にウナギを食べる風習が出来たのでしょうか。

これについての由来なのですが、まあ色々な説はあるそうですが、
江戸時代、エレキテルで有名な平賀源内が発案したという説が一般的だそうです。
江戸時代に商売がうまく行かない鰻屋が平賀源内の所に相談に行ったところ、
源内は、「丑の日に『う』の字が付く物を食べると夏負けしない」という民間伝承からヒントを得て、「本日土用丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めたそうです。
すると、物知りとして有名な源内の言うことならということで、その鰻屋は大変繁盛したとかなんとか。その後、他の鰻屋もそれを真似るようになり、土用の丑の日に鰻を食べる風習が定着したとのことです。
その他にも土用に大量の蒲焼の注文を受けた鰻屋が、子の日、丑の日、寅の日の3日間で作って、土甕(カメ)に入れて保存しておいたところ、丑の日に作った物だけが悪くなっていなかったからという説もあるとか。

まあ、諸説はあるにせよ、とどのつまりは、
鰻の養殖業者らが中心となり、土用の丑の日に鰻を食べる習慣を普及させようとした。
というのが一番の大きな理由なんでしょうけどね。
また、最近では、夏以外の土用の丑の日にも鰻を食べる習慣を普及させようという動きがあるとかないとか。

皆さんもこの暑さを乗り切るために、一つ騙されたと思ってウナギなど食べて
精をつけるってのもオツなものかもしれませんね!
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【2005/07/27】  この記事のURL | 無駄知識 | CM(10) | TB(0) | ▲ top
サヨナラの季節
こんにちは、ささにしきです。


天気予報通り、週初めっから雨ですねぇ。
ただでさえ憂鬱になりがちな月曜に雨だと鬱度は更に倍って感じですね・・・。

五月の晴れの日のことをよく天気予報なんかでは「五月(さつき)晴れのスッキリした日」なーんて言いますが、実はこれって間違っているってご存知でしたか?
「五月晴れ」って言う言葉は、「五月雨(さみだれ)」と同じように日本における気候の特徴を言い表しているコトバなのです。
そもそも「さつき」の語源とは「早苗月」。つまり、梅雨時の田植えの季節に由来するそうです(まだ色々な説はあるようですけどね)。旧暦における五月はだいたい今の暦の6月にあたります。その季節の雨が「五月雨」ってわけです。
つまり「五月晴れ」っていうのは、6月の梅雨どきには非常にめずらしい晴天のことを言ったのですね。晴れているのが当たり前の今の暦の5月の晴天のことではなかったのです。
ただし、コトバというものは生き物とは上手く言ったもので、今では「五月晴れ」で国語辞典を引いても「梅雨時の晴れ」の意味とともに「五月の晴れの日」という意味も載っていますね。コトバも時代とともに移り変わって行くってことでしょうかね。風情(風情というか日本古来の文化というか)がなくなってしまているような気がしてちょっと寂しい気もしますね・・・。

ついでに言えば、旧暦六月は「水無月(みなづき)」と呼ばれていたのはご存知ですか?これは今の暦でいうと梅雨明け後の7月ころに当たります。このころの「日照り」が「水無月」の名前の由来なったのですね。「雨の多い6月がなぜ『水の無い月』なの?」と疑問に思っていた方々、これで疑問も解消ですね!!
え?そんなん知っていたって?こりゃまた失礼・・・。


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…まだまだ続きますよ!
【2005/05/30】  この記事のURL | 無駄知識 | CM(3) | TB(0) | ▲ top
混合ダブルス
こんばんは、ささにしきです。

バレンタインも無事?終わりましたね。
え?何が無事かって?
あはは、まあ、深い事は気にしないってことで。

そもそもバレンタインデーはどういった日なのかご存知ですか?
決して女の人が男の人にチョコレートをあげる日ではないのですよ。

ではでは、本日の無駄知識の時間です!



バレンタインデーとは、英語では「Saint Valentine’s Day」と書きます。直訳せば「聖バレンタインの日」という意味ですね。実はバレンタインというのは、人の名前だったのです。さてさて、ではバレンタインとはどんな人だったかというと・・・。

西暦3世紀頃ローマにキリスト教の司教バレンチノ(バレンタイン)という人がいました。バレンチノが生きていた頃はローマではまだまだ新興宗教だったキリスト教は迫害されていたのですね。そんな中で時の皇帝クラウディウス2世は、若者に結婚を禁じたのです。それは結婚すれば奥さんや家族と別れ難くなったり、戦争に出ても気がかりになることで兵士の士気が落ちるという考えからだったのですね。酷い話があったものです。
バレンチノ司教はそのような若者たちを憐れに思い、内密に結婚をさせていたのですが、そのことが皇帝の知るところとなってしまいました。バレンチノ司祭はキリスト教からローマの宗教に改宗するようにとの要請も拒否し、とうとう逮捕、投獄されてしまいます。その時彼を取り調べたアステリオという判事には目の見えない娘がいました。この娘とバレンチノは密かに心を通じ合わせるようになたそうです。
(余談ですが、彼の祈りのおかげで娘は目が見えるようになり、アステリオは一家そろってキリスト教に改宗してしまったそうです。)
時の政策に違反した行為のためにバレンチノは西暦270年、2月14日に処刑されてしまいました。バレンチノは死ぬ前に「あなたのバレンチノより」と署名した手紙をアステリオの娘に残したそうです。これがバレンタインカードの始まりとされ、今でも欧米の人はバレンタインカードに「From Your Valentine(あなたのバレンタインより)」や「To Be My Valentine(私のバレンタインになって)」などと書くそうです。


さて、バレンタインさんがどんな人かというのは分かったと思います。では何故2月14日が「聖バレンタインの日」になったのでしょうか?

ローマでは2月15日に豊饒の神の祭り「ルペルカーリア」というものがありました。これは祭りの前日の2月14日に女性が自分の名前を書いたくじを用意し、翌日の祭り当日、男性が順にくじをひいてゆき、あたった者同士が祭りの間、或いはその後しばらく恋人同士になるという縁結びの祭りだったのです。楽しげな祭りですね。
バレンチノ司教の死後、ローマではキリスト教が勢力を増し、496年になって、若者たちの風紀の乱れを憂えた当時の教皇ゲラシウス一世は、ルペルカーリア祭を禁じました。その代わりに、違った方法のくじ引きを始めたのです。200年前の丁度お祭りと同じ頃の2月14日に殉教したバレンチノ司祭の記念日をこの日と定め、くじに女性の名前ではなく聖人の名前を書き、当たった人は一年間心の中で聖人に仕える、といった祭りに変えてしまったということです。それが時代とともに変遷し、恋人たちの愛を成就させようとしたバレンチノ司祭の行いや、ルペルカーリア祭りの縁結びの意味などが結びつき、2月14日は恋人たちの記念日として定着していったのです。


恋人たちのお祭りにもなかなか深いお話があったのですね。では、何故、バレンタインにチョコレートを贈るのでしょうか?
決して第二次大戦後の日本人の子どもが米兵さんに「ギブミーチョコレート」と言ったからではありませんよ。

ご存知の人が多いとは思いますが、女性が男性にチョコレートを贈るのは、日本独自の習慣であります。欧米では、先ほどの話にあった通り、恋人や友達、家族などがお互いにカードや花束、お菓子などを贈るのです。
そもそもチョコレートはどこから出てきたかというと、1958年に東京都内のデパートで開かれたバレンタイン・セールで、チョコレート業者が行ったキャンペーンが始まりだそうです。
そして、今ではチョコレートといえばバレンタイン・デーの象徴のようになってしまいました。クリスマスもそうですが、キリスト教というものになじみの薄い日本では、その本来の意味が伝えられないまま、業者のセールスに利用されがちのようですね。さすがというか、なんというか。無宗教国家の強みでしょうか・・・。


来年のバレンタインデーには、自分の命をも顧みずにキリスト教の精神を伝えることを実践した、バレンチノ司祭のことも少しでも思い出してあげるとグッドではないかと思います。

ではでは、本日はこのへんで。
【2005/02/15】  この記事のURL | 無駄知識 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ギンギラギンにさりげなく
こんにちは、ささにしきです。

今日は節分ですね。豆まきはしましたか?
この節分というのは、字の通り、季節の分け目なんですね。
日本に春夏秋冬があるように、もちろん節分も4つあるのですが、
「節分」という名称そのものが残っているのが2/3なのですね。
4つの季節の始まりをそれぞれ立春・立夏・立秋・立冬と呼び、
その前日を節分(季節の分かれる日ですね)、
それぞれの季節の真ん中の日が春分・夏至・秋分・冬至というわけですね。
春分と秋分の日は昼と夜の長さが同じになり、
夏至は昼が一番長い日、逆に冬至は昼が一番短い日ですね。
2/3を過ぎると暦の上ではもう春なんですよね。
まだまだ強烈に寒いですけど・・・。

さて、節分といえば豆まきが定番ですが、
もう一つ定番の行事があるのご存知でしたか?
何かというと、今年の「恵方」を向きながら
「太巻きをまるかじり」と言うものなのですが、
関西に住んでいた頃は当たり前のようにやっていたことなのですが、
関東に来てみてビックリ。
そんな風習なかったんですよね・・・。
今でこそ、寿司屋の戦略かなにかでしょうが、
関東でも最近になって普及してきましたけどね。

この風習の由来は戦国時代まで遡るらしいです。
出所は九州なのかな?
豊臣秀吉の家臣だった「堀尾茂助吉晴」が、
節分の日に巻き寿司を食べて出陣し、
その戦いに大勝利を納めた話に由来しているという説が
あるそうです。

20050204135010.jpg
堀尾茂助吉晴

  尾張の国、丹羽郡御供所(ごくしょ)村(現大口町)に生まれ、
  豊臣秀吉に仕え、三中老の一人となる。
  松江城を築き、初代城主となる。松江にて没。


まあ、商魂たくましい関西人の商人が寿司を売ろうとしてこじつけた・・
ってな説のが有効ですけどね。
巻き寿司を使う理由は「福を巻き込む」からで、
また、まるごと食べるのは「縁を切らないために包丁を入れない」
という事らしいです。
こっちのが正解な気もしますね・・・。

今年の恵方は西南西らしいですね。
恵方というのは陰陽道(おんみょうどう)によって決められる、
その年の干支を基にした縁起のいい方向のことで、毎年違いますね。

今年は終わってしまいましたが、
来年は豆まきに加えて寿司まるかじりもいかがでしょうか?


--

さて、FFです。
…まだまだ続きますよ!
【2005/02/03】  この記事のURL | 無駄知識 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
アルコール・ラブコール
こんばんは、ささにしきです。

いろいろとブログにスキンというか、フラッシュを追加して
賑やかにしてみました。
メインページで扱っているテーマに
大分沿ってきたのではないでしょうかね。
まあ、同じような機能のものがあるのは愛嬌ってことで・・・。

色々なブログページを見ていると、賑やかに彩られていますよね。
まだまだ遊べそうです♪

中でもブログペットの子ウサギ
「こしひかり」
これ、なかなかお気に入りです。
ウサギをクリックすると、ブログ中に書かれた言葉を喋るのですが、
これがどうして、なかなか。
ニヤリとしてしまいますね。
メインページを左右のフレームに分けて、
常に表示させるように改造しましょうかねぇ・・・なんて。
ま、そのうち気が向けば・・・ですね。



しかし、今日も寒かったですねぇ。

関東も寒いですが、サスガに北海道には負けますね。
しかも今日は驚くべきことに、
日本の北と南の温度差が50度近くもあったとかなんとか。
北海道の一番寒いところで氷点下-32度くらい。
沖縄の暖かいところで17度くらい。
日本はそれほど大きな国ではないですが、同じ国とも思えませんね。
ちょこっと北と南に分かれるだけで(細かい地形とかは考慮しない)、
これほど違うものなのですね。。。

いやはや。


というか、氷点下-32度ってナンデスカ??
…まだまだ続きますよ!
【2005/01/26】  この記事のURL | 無駄知識 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ようこそここへクックックック
こんばんは、ささにしきです。

一月七日は七草粥の日ですね。
これはそもそも、お正月で御節料理でタプタプになった
おなかを洗い流すっていう意味で食べるのですが、
そもそもは無病息災を願って七草粥を食べる行事なんですね。
この習慣は中国から伝わったものだそうで、
江戸時代には将軍家をはじめ一般家庭でも食べるようになったと
いわれています。

ちなみに1月7日は人日の節句ともいいます。
この人日の節句は、
江戸時代に定められた五つの節供のうちのひとつで、
1/7七草(人日)の節句
3/3桃(上巳)の節供
5/5端午の節供
7/7七夕の節句
9/9重陽の節供
のうちの一つですね。
1/7は文字通り人の日とされ、過去の1年の厄払いをして、
これから1年の無病息災と招福を祈願する日とされています。
節句の節は、時節の変わり目における行事の日をさし、
五節句は、中国暦(太陽太陰暦)でいう1年を二十四の筋目にわけた
「二十四節気」を補うものとして定められたものです。
他はゾロ目なのに一月だけ7日ってのもなんだか面白いですね。

春の七草っていうのは、地方によって多少違うみたいですが、
せり、なずな「ペンペン草」、ごぎょう(母子草)、はこべら、
ほとけのざ(おおばこ)、すずな(かぶ)、すずしろ(大根)をさします。

平常の食生活に戻す区切りとして、また、お正月のごちそうやお酒で
疲れている胃腸を休ませることと、ビタミン豊富な青菜で栄養バランスを整える効果もあるんですね。

もっとも、最近は1/1からスーパーもやっていますから、
おせち料理だけって家はまずないですからねぇ。
胃ももたれることはないって感じですかね・・・。

これであなたもひとつ物知りになりましたね!
ではまた♪


【2005/01/07】  この記事のURL | 無駄知識 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
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